
「勤続10年で月8万円」は本当だったのか
処遇改善加算の歴史 2
第2話 特定処遇改善加算が
現場に持ち込んだ「線引き」
前回は、2012年に「交付金」から「加算」へ切り替わった介護職員処遇改善加算の出発点を追いました。今回はこの加算がどう拡充され、2019年になぜ全く性格の異なる「特定処遇改善加算」が新設されたのかを見ていきます。
結論から言えば、この2019年の加算はそれまで「介護職員全体の底上げ」だった処遇改善策を、初めて「経験・技能に応じた傾斜配分」へと踏み出させた転換点でした。
第1章
2015〜2017年、加算は静かに拡充され続けた
1 2015年度改定:基本報酬と逆行する上乗せ
2015年度の介護報酬改定は、全体としては-2.27%という大幅マイナス改定でした。施設から在宅への転換、特養入所の要介護3以上への限定などが背景にあります。基本報酬が厳しく削られるなかで、処遇改善加算だけは逆行するように拡充されています。
このとき、「更なる資質向上の取組、雇用管理の改善、労働環境の改善の取組を行う事業所」を対象に、月額平均1.2万円相当の上乗せ評価区分が新設されました。実績ベースで見ると、この改定により月額13,000円の賃金改善が行われたとされています。
ここで注目したいのは、上乗せの条件が「賃金を上げること」そのものではなく「資質向上・雇用管理・労働環境の取組を行うこと」に紐づいているという点です。加算を取るためには賃金改善の実施計画書の作成、職員への周知、都道府県への届出といった事務手続きに加え、研修体制の整備や昇給の仕組みづくりなど、「取組んでいる証拠」を制度的に示す作業が必要になります。この「加算=賃上げ+証明業務」という構造は、以降のすべての処遇改善加算に共通する型として定着していきます。
2 2017年度臨時改定:改定サイクルの外側で動き出す
2017年度には臨時改定が行われ、「ニッポン一億総活躍プラン」等に基づいて処遇改善加算がさらに1万円相当拡充されました。実績では月額14,000円の賃金改善とされています。
この頃から処遇改善加算は「介護報酬改定」という3年サイクルの外側でも、政府の経済対策のたびに随時上乗せされる存在になっていきます。通常の介護報酬改定とは別に、処遇改善加算だけが独自のスケジュールで動くようになったというのがこの時期の特徴です。
第2章
2019年10月「特定処遇改善加算」の衝撃
1 報道されたイメージと実際の制度
2019年10月、消費税率引き上げのタイミングに合わせて、新しい経済政策パッケージに基づき「介護職員等特定処遇改善加算」が創設されました。実績ベースで月額18,000円の賃金改善とされています。
この加算が現場で大きな話題になったのは、「勤続10年以上の介護福祉士に月8万円」「年収440万円以上」という具体的な数字が新聞やニュースで報じられたためです。ただし実際の制度は報道されたイメージとはかなり違うものでした。
2 誰が対象になるのか
特定処遇改善加算は、職員を3つのグループに分けて配分ルールを設定するというそれまでにない仕組みを持ち込みました。
1 経験・技能のある介護職員:「勤続10年以上の介護福祉士」が基本。ただし他法人や医療機関での経験も通算してよく、事業所が独自の能力評価・等級制度をもとに「10年未満でも技能がある」と認定することも可能
2 他の介護職員
3 その他の職種(生活相談員、事務職員など)
つまり、「勤続10年」は法律で一律に決まった基準ではなく、各事業所が自分たちで定義してよい目安にすぎません。この裁量の大きさが後に現場の不公平感の一因になります。
3 配分ルールという新しいハードル
創設当初(2019年10月)の配分ルールは、次のように定められていました。
・「経験・技能のある介護福祉士」の平均賃金改善額は、「その他の介護職員」の2倍以上であること
・「その他の職種」の平均賃金改善額は、一般の介護職員の賃金改善額の2分の1を上回らないこと
このルールは2021年4月の改定で、「2倍以上」から「(その他の介護職員より)高くすること」へと緩和されました。「2分の1を上回らない」というその他職種側の制限は、2024年5月まで変更されずに維持されています。
この配分ルールが意味することは、事業所が処遇改善加算を職員に分配する際、単純に人数で割るのではなく、3グループ間の倍率関係を満たすように逆算して金額を設計しなければならないということです。誰か一人の配分額を変えると、連動して他のグループの上限・下限も動く。事務担当者にとっては単なる支給作業ではなく、制度要件を満たす配分シミュレーションが必要な業務になりました。
4 現場でよく聞かれた不満
・「勤続10年」というラインが、同じように現場で頑張ってきた9年目の職員と10年目の職員の間に、加算上は明確な線を引いてしまう
・事業所によって「経験・技能のある職員」の定義基準が異なるため、同じ勤続年数・同じ資格でも事業所間で扱いが変わる
・資格を持たない職員(初任者研修修了者など)や、事務・相談援助職は「その他の職種」に固定されやすく、配分上限(2分の1ルール)に縛られる
こうした声が広がったこともあり、2021年度改定での配分ルール緩和(2倍以上→高くする)につながったと見ることができます。
5 次回の予告
特定処遇改善加算の最大の転換点は、処遇改善策が「介護職員全体の底上げ」から「経験・技能に応じた傾斜配分」へと踏み出したことです。それまでの処遇改善加算は基本的に全介護職員を対象にしていましたが、特定処遇改善加算は初めて同じ介護職員の中に「厚く配分される層」と「薄く配分される層」を制度として作った加算でした。
これは人材の定着・キャリアパス形成という観点では合理的な狙いですが、同時に「同じ現場で働いているのに、なぜあの人だけ」という職員間の感情的な摩擦を生みやすい設計でもあります。
2019年の特定処遇改善加算の後、2022年には「介護職員等ベースアップ等支援加算」というさらに別の加算が加わり、一時は処遇改善加算・特定処遇改善加算・ベースアップ等支援加算という3つの加算が並立するという、事業所にとってかなり複雑な状態になります。次回は、この3加算並立期から2024年の一本化、そして2026年の拡充までを扱います。